月曜日, 2月 14, 2005

第10回『社会の目』

 今日、またもや学校を舞台とした悲惨な事件が起こってしまいました。小学生にケガはなかったものの、教職員の方1人がなくなってしまいました。ここで哀悼の意を表したいと思います。
 さて、なぜこのような事件が起こってしまったのか?という話題は、きっと明日から連日テレビ等で触れられることでしょう。だいたいの見当がついちゃいますよね・・・「家庭環境」だとか「内気な性格がそうさせただとか」(容疑者である少年[17歳]はおとなしい子であったことがすでに報道されていました。)・・・。なんか違和感を感じてしまうのは僕だけでしょうか。テレビ等の報道はどこか他人行儀ではないかと。

 先日お話しした「裁判員制度」の特集がNHKで放送され(「司法大改革~あなたは人を裁けますか~」)、その二日目で70年近く参審制が採用されているイタリアの様子が報告されていました。そのなかで被告人にインタビューしてる内容も放送されました。その被告人曰く「自分の仲間たちによって判決が出されるから安心だ。」と。
 日本に比べればヨーロッパ諸国は数段も市民感覚といいましょうか、地域における仲間意識というものが濃いのでしょうね。日本も昔はそうだったと先輩方の愚痴を聞く機会もあります。僕自身も知らないおじさんに電車の中で注意され、これは「いけないこと」なのだと認識していたものです。
 僕も時々注意したくなるような子供を見かけます。そのとき注意しようかと思うのですが、なにか一歩が踏み出せない・・・なにがそうさせるのかは僕自身もわかりません。
 東京都は特に痴漢行為について「見て見ぬふり」をさせないような条例を制定する動きがあるようです。しかし、法令によって規律すべき事柄なのでしょうか。僕はNOだと思います。「道徳に訴えかけても無理だから、では法令で」というのは少し飛躍しすぎてはいないでしょうか。

 裁判員制度の話に戻りますが、「これは市民社会の復古である」と言っていた専門家がいました。僕もその通りだと思います。地域のつながりは人間同士のものですからイヤなこともあるでしょう。いろいろ考えさせられます。

駄文失礼。